学校沿革

1 地域の概要

(1)   本村の位置と面積

国頭村は、沖縄本島の最北端北緯26度、東経128度付近に位置する。東は太平洋、西は東シナ海に面し、県内で4番目に広い194.80㎢の面積を有している。
村の中央部は本島最大の山林原野を有し、イタジイ等の原生林が生い茂り、その中に国の天然記念物に指定されている「ノグチゲラ」「ヤンバルクイナ」「ヤンバルテナガコガネ」等の貴重な動物たちが生息し、東洋のガラパゴスとも言われている。

(2)本村の人口の推移

明治6年 明治43年 大正2年 昭和10年 昭和15年
人口 1,380人 10,146人 10,610人 10,460人 10,315人
昭和25年 昭和30年 昭和35年 昭和40年 昭和45年
人口 13,051人 11,267人 10,633人 9,192人 7,324人
昭和50年 昭和55年 昭和60年 平成元年 平成5年
人口 7,031人 6,554人 6,495人 6,382人 6,280人
平成10年 平成15年 平成16年 平成17年 平成18年
人口 6,079人 5,821人 5,776人 5,763人 5,682人
平成19年 平成20年 平成21年 平成22年 平成23年
人口 5,623人 5,493人 5,554人 5,367人 5,294人
平成24年 平成25年 平成26年 平成27年 平成28年
 人口 5,203人 5,126人 5、031人 5,026人 4,957人
平成29年 平成30年 令和元年 令和2年 令和3年
人口 4,915人 4,798人 4693人

2 校区の概要

本校は、本村の東海岸に面した安田区にあり、村役場所在地の辺土名から与那の県道2号線を横断し、約20.3Kmで安田に至る。
本校の東側は、保安林を隔てて太平洋に面し、小半里の白浜が続き、眼前に安田ヶ島が浮かんでいる。また、南側には漁港、東北の小高い丘には無人灯台、西側には伊部岳(353.7m)が聳え立ち、海と山との織り成す大自然に抱かれた豊かな環境に位置している。
本校の位置する安田区は、昔は陸の孤島と言われ、その当時は、マーラン船(山原船)で遠く与那原町と交易(木材・薪等)を行っていた。昭和59年3月12日に県道2号線が舗装道路として全面開通し、車の往来も自由になったため、陸の孤島と呼ばれたころの面影は薄れてきた。
本校区は 、平成15年度の楚洲小中学校の閉校に伴い、平成16年度から、安田区、楚洲区の2字で構成されるようになった。
本校区は、過疎地域として三級僻地に指定され、教員住宅が完備されている。
安田区には、国指定の重要無形民俗文化財「シヌグ」があり、伝統文化の継承に区をあげて取り組んでいる。「シヌグ」が催される旧の七月は、年間最大の人出で賑わう。

3 学校沿革の概要

事項
明治20年 4月 16日 簡易学校として創設(学区域:安田・楚洲・安波)
明治23年 4月 1日 安田尋常小学校として独立(4年制)
明治33年 7月 1日 安田尋常小学校に楚洲分教場を開設。(現楚洲共同売店前)
大正 8年 8月 9日 楚洲分教場が「楚洲尋常小学校」として分離独立する。
大正 9年 4月 1日 安田尋常高等小学校と改称し、高等科を設置。
大正14年 4月 1日 楚洲尋常高等小学校再び安田尋常高等小学校分教場になる。
昭和16年 4月 1日 教育制度改革により安田国民学校と改称。義務教育8年制へ。
昭和17年 4月 1日 安田国民学校より楚洲分教場が独立し、楚洲国民学校となる。
昭和20年 4月 1日 米軍の沖縄上陸により学校を閉鎖。
10月 1日 安田初等学校開設(8年制)
昭和23年 4月 1日 新学制6・3・3制の実施により、初等学校、中等学校として分離独立。初等学校、中等学校の併置校となる。
昭和27年 3月 1日 校歌が制定される。(作詞:宮城定盛、作曲:兼村寛俊)
4月 1日 初等学校を小学校に、中等学校を中学校に改称。
5月 5日 現敷地に本建築(6教室)完成し、小学校1・2年生を除く小中学生の移転を成す。
昭和29年 6月 15日 校旗が制定され、樹立式を挙行する。(寄贈:津嘉山朝吉氏)
昭和30年 5月 3日 PTAにより学校図書館創設
昭和32年 6月 2日 初めて東三校の親善球技大会が本校で開催される。
昭和25年 2月 4日 パン給食開始
4月 2日 創立70周年記念式典挙行
昭和45年 12月 19日 創立80周年記念式典挙行
昭和51年 3月 6日 創立85周年記念式典挙行(体育館落成式典兼ねる)
昭和53年 2月 13日 管理棟(1階)、教員住宅落成(2階建て)
8月 11日 西日本庭球大会福岡大会で男子団体3位に入賞
昭和55年 1月 12日 県PTA研究大会で本校PTA会長(古堅昇氏)表彰
4月 8日 村内一円完全給食開始(村給食センター竣工)
昭和56年 1月 13日 九州地区へき地教育研究会の会場として公開授業を行う
昭和57年 3月 5日 新改築校舎6教室竣工(視聴覚、図書室、保健室、外)
昭和59年 3月 12日 県道2号線2車線舗装道路が完成し与那・安田間が全面開通
昭和63年 1月 26日 沖縄県へき地教育研究大会国頭大会が本校で開催される
平成元年 9月 15日 校章・校旗のデザインを改訂し(當間末子)、校旗を新調
12月 8日 100周年記念事業期成会作業により運動場に遊具を整備
平成 2年 12月 2日 創立100周年記念諸行事挙行。少年テニスの像建立
平成 3年 11月 30日 県緑化コンクールで入選
平成 5年 2月 22日 大城盛雄氏日本PTAより表彰される(表彰祝賀会)
平成11年 4月 1日 マルチメディア活用方法研究開発事業実施校に指定される
9月 30日 県緑化コンクール学校の部で準特選に選ばれる
平成12年 3月 8日 マルチメディア会議システム開始式(安波校、楚洲校と)
10月 23日 全国へき地教育研究大会沖縄大会でテレビ会議授業公開
平成16年 3月 27日 国頭村内7中学校の統合に伴い、中学校の閉校式典を開催
4月 1日 中学校統合に伴い、安田小学校単独校としてスタートする
平成17年 4月 1日 沖縄県「環境教育モデル校」の指定を受ける(3カ年計画)
平成18年 4月 1日 サントリー世界愛鳥基金より20万円の助成金を受ける
平成19年 11月 14日 沖縄県「環境教育モデル校」指定、最終年次研究発表会を開催
12月 3日 第42回全国野生生物保護実績発表大会「環境大臣賞」を受賞
平成20年 4月 1日 サントリー世界愛鳥基金より10万円の助成金を受ける
5月 11日 第62回愛鳥週間「全国野鳥保護の集い」へ参加
10月 28日 文化庁本物の舞台芸術体験事業「バレエ公演」を体育館で
平成21年 4月 26日 MESHサポートチャリティフェスティバルへ参加
10月 6日 豊かな体験推進事業「ふる里生活体験宿泊学習」を実施。2月~ 8日 に「九州・沖縄ブロック交流会」で発表する。
11月 1日 首里城古事の森育成協議会の植樹活動へ参加
平成22年 3月 31日 辺土名清子定年退職
4月 1日 石野久子校長着任
11月 20日 沖縄県緑化コンクール学校環境緑化の部で「特選」を受賞
11月 21日 創立120周年記念諸行事挙行(式典・祝賀会・タイムカプセル)
平成23年 4月 1日 サントリー世界野鳥基金より10万円の助成金を受ける
11月 1日 沖縄県へき地教育研究大会国頭大会(事務局)
11月 6日 首里城古事の森育成協議会の育樹活動へ参加
平成24年 11月 7日 首里城古事の森植樹活動参加、海水揚水発電所見学
平成25年 1月 27日 環境大臣賞、緑化コンクール(特選)の記念碑除幕式
4月 11日 後藤岳二校長着任
11月 11日 首里城古事の森育成協議会の首里城・識名園見学
平成26年 4月 1日 盛本哲夫校長着任
11月 21日 国頭村へき地研究発表会が本校で開催される。
平成29年 4月 1日 仲村秀也校長着任 他3名
平成30年 2月 23日

第56回全沖縄児童生徒書き初め展 学校賞受賞

平成30年 9月 2日 第43回沖縄県緑の少年団発表大会にて 最優秀賞 受賞(6年男子・5年女子 2名にて発表)
11月 9日 国頭地区童話お話大会 国頭村代表として参加  高学年男子  比嘉拓磨  低学年男子 増田山太
令和元年 5月 11日 第29回花と森の祭典「みどりの感謝祭」式典へ 沖縄県代表として、  6年男子・女子2名参加する

5月

17日 新国頭村へき地教育研究会 発足・総会(安田小・安波小・奥小)   会長及び幹事校